「腐るお金」の話

2ちゃんねるに、こんなコピペがあります。

11:金持ち名無しさん、貧乏名無しさん:2010/06/06(日) 23:16:50

時は1932年、世界恐慌直後の、オーストリアはヴェルグルという、当時の人口4300人ほどの町でのお話。

それは、住民の失業率9%、町の負債総額一億三千万シリングという、悲惨な状態を立て直すために投入された奥の手だった。

種明かしをすれば、「毎月1%ずつ価値が減って行くお金」というものを発行したのだ。

このお金は、使わずに貯めておくと価値が減ってしまう。

だから皆、進んで次の品物やサービスの注文にお金を使う。

するとそこで、一稼ぎで喜ぶ人が生まれる。

受け取った人もまた、期限が来る前に早く次の人に渡してしまおうとするから、

同じお金が人から人へ、渡されるスピードが早くなる。

こうして早いスピードで実現される仕事の量が増えることになる。

その結果、ヴェルグルでは、わずか1年ほどの間に、住民の完全雇用達成、町の税収は八倍増で負債は解消。

多くの商売が栄えた上に、後世に残る立派な建築・土木工事が数多く実現し、「ヴェルグルの奇跡」と言われたのだった。

普通、お金は利息により増えていくもの。それにより、人々がお金を溜め込んでしまい、経済の停滞が起こると言われています。

そうはさせないと考え出されたのがこの「腐るお金」(別名:自由貨幣)です。

単純に言うと、デフレというのは、モノの価値が下がる、もしくはお金の価値が上がる状態です。

デフレ下では、今日買うより明日買う方が値段が安いわけで、得になります。

これが続くと、人々はお金をなるべく貯めておこうとする為、モノが売れなくなり、景気は悪化していきます。

一方、この腐るお金は、明日買うより今日買う方が得な為、みんなドンドン使うようになります。

結果、モノが売れるようになり、経済が活性化するというのが基本的な考え方です。

実際、コピペの通り見事な成果を上げたわけですが、不思議と現代でこの「腐るお金」を採用している国はありません。

実はこの自由貨幣は、僅か1年で取り止めとなってしまいます。その原因は、裁判での敗北でした。

中央銀行であるオーストリア国立銀行が、自社の紙券発行独占を侵害したとして、ヴェルグル町に対し訴訟を起こしたのです。

この訴訟で中央銀行側が勝利したことによりこの画期的な試みはあっけなく終わりを遂げました。

この自由貨幣が流通したのは、オーストリアのヴェルグルと、ドイツのシュヴァーネンキルヘンという二つの地方だけです。

シュヴァーネンキルヘンでも同様に、自由貨幣はドイツ帝国銀行により禁止されてしまいます。

ここまでして中央銀行が守りたい、「通貨発行権」とは、一体何なのでしょうか…。

http://fknews-2ch.net/archives/38119568.html

(私の意見)−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−

貨幣とは、財やサービスを交換するための手段なのです。それが活発になればなるほど、我々は豊かになり経済が成長するという事なのです。お金の価値が単に保有していると減価するわけですから、一日でも早く遣ってしまおうとするモチベーションが働きます。

我々はインフレは悪だと教えられていますが、お金の価値が持っているだけでは減価してしまうのですから、経済取引が活発になります。日本は大東亜戦争の敗戦後に高いインフレになったと言いますが、生産設備がほとんど破壊されてしまった状況で、日本経済を一日でも早く復興させるためには貨幣の流通速度をあげて財やサービスの交換を早めるのが一番優れた政策だったのです。

ちなみに現在、この「腐るお金」という政策をやろうとすれば、電子マネーの時代ですから技術的には極めて簡単に出来ます。政府が国民全員にナナコとかパスモみたいな電子マネーを国民全員に配布して、一定額を振り込んでおき、上記の様な「毎月1%ずつ価値が減って行くお金」ならは月が変わる時に1%減額する様にしておけばいいのです。おそらくこの政策をやれば、デフレはあっという間に解消し、超好景気が来る事でしょう。

もうバブル崩壊以降、27年間も平均経済成長率1%のデフレ経済が続いています。大胆な発想の転換が必要なのですが、それが難しい様です。