心の整理。

くっそう・・・。メールで更新しようと思ったのに、何回やってもエラーだよ。。。

渋々重い腰をあげてPC起動…。

心の整理も兼ねて、写真アップしつつ、金ちゃんの闘病記や、さらっと流した小太郎やにゃんにゃんの事なども。

小太郎、にゃんにゃんに関しては私は駆けつける事が叶わず、しかも2匹とも息を引き取った瞬間、誰も知らないと言う何ともなお話も追々(苦笑)。いえ、その場にいたのですよ、母は。

ええ…いたのですよ…その話も追々…。

猫の悪性リンパ腫は癌の中でも寛解まで持っていくのが難しいらしいので、もし、参考になれば、と使用した抗がん剤、あと残ってる限りの投与前の血液検査結果も記載しておきます。

元々、ずんぐりむっくりした脚の上、生まれついてのX脚な金ちゃん。家に来たときから独特のひょこひょこした歩き方だった為、あれ?びっこひいてるぞ?となった時は既に時遅しだったと今ならば思う。

けれど、当時はそんなこと露とも思ってなかった。

軽い気持ちで脚を注意深く見ると、長い腹毛に覆われて気付かなかった間接部分の10円ハゲと明らかな腫れ。時間にして夜の7時。即、夜間診療して貰えてかつ、自宅から乗用車で何とかして通える範囲の病院を検索して、慌てて連れていったのが、11月頭。

(晩御飯まだだったので子供は車中にてコンビニおにぎり食べて貰いました(笑))

※まるちゃんの時にかかっていた近所の先生とこに行かなかった理由も追々。

年齢から関節炎の疑いも、と言われて塗り薬、飲み薬を1週間試みるも腫れてた部分の熱は引いたけれども大きな効果なし。まずレントゲン。後ろ足の骨の一部が粉々な感じに衝撃を受けていると、先生が飄々と、

「猫種的なものでね、スコちゃんの脚って年齢、病気関係なくこの辺りこんな感じでバラバラなんですよ。」

ええええーー!!知らなかった!!

長くスコを飼ってきたけれど、そう言えばどいつもこいつもレントゲン撮った事が無かったわ!と思い出し。

※にゃんにゃんも撮っていなかったのです。団地の5階から落下しているのに。その話もまた後日。

レントゲンでは目立って何、というものは映らず。次に、血液検査から、と針の用意をしてスタッフさん身体を押さえた。と、それまで喉を鳴らして綺麗なお姉さんスタッフさんにスリスリしてた金ちゃん。

何かを感じ取ったのか。

猛烈に大暴れ!

スタッフさん、1人じゃ無理で先生もう1人呼ぶ。それでも脚に針を刺させて貰えず、もう1人スタッフさん呼んだところで診察室がぎゅうぎゅうになり私追い出され…。

数分後、先生から再び呼ばれるとぶっすーとしたふてくされ顔で診察台にどーん、と横寝するうちの子と、多少ヨレヨレ状態になった綺麗なお姉さんスタッフ3人(笑)。先生も若干お疲れ気味だったので、思わずすいません、と頭を下げる私…(笑)。

そばには、折れた針が数本…。えええ…何してくれてんだコイツ…と思いつつ先生を見ると、笑いながらいやぁ〜なかなか針刺させてくれなくて久しぶりに失敗してしまって、ちょっと脚が血まみれになってます、すいませんとのこと。

見ると、ややガーゼで脚がぐるぐる巻きになってるが、本人気にしてない様子なので良しとする(笑)。

数値的に何も無かったので、次は尖刺検査をするもひっかからず。この時も例に漏れず、大暴れして先生ひっかかれたそう。そしてやっぱり足はガーゼぐるぐるでした。しかしその頃並行して肉球の付け根辺りの関節にも腫れが発生。その辺りから抗生剤のパセトシンとステロイド剤のプレドニゾロンの服容量が1日1回服用から1回量を1日2回摂取量に増加、先生からリンパ若しくは免疫系統の異常が疑われる、と言われ迷っていた病理検査を受ける事に。

何故迷っていたかと言うと、組織を切り取るので、手術未満位のダメージがある、と聞かされてたから。先生も麻酔かけて半日以上預かるからし外注委託になるから金額も張るから、と最終手段にしましょう、と言っていたが、結局そこにいかないとどうにも出来ない状態で。

働いてて、平日来れない私に先生が午前中しかやってない土曜日に無理矢理病理の検査を組んで下さって、病院は閉まってるけど、ドアは開けとくから夕方お迎えに来て下さい、と融通つけて下さった事を覚えています。

結果が出るまで約7〜10日と言われて、結果が出たのが12月2日。

twitterにちゃんと日時、克明に記録してました。

末期の悪性リンパ腫と電話で告げられ、一瞬にして頭の中が真っ白になりました。

リンパ節への浸透が認められるので、既に全身に癌細胞が散らばった状態で、取れる手段は、抗がん剤を投与するか、そのまま何もせず自然に任せるか。

先生は、ご自身でよく考えて次の検診時に結論を出して下さい、と言われ、電話を切った後、私は凄まじい勢いでネットを検索しまくりました。

(その日は晩御飯の支度が手につかず、冷凍おかずのチンしかしなかった事、それを旦那と息子は何も言わずに食べてくれた事もとても覚えている(苦笑))

すると、猫の悪性リンパ腫寛解まで持っていくのが他の癌種より難しいこと、1年生存率が20%を切ること、そして、金ちゃんのT型は抗がん剤の種類が限られるタイプだというもう、諦めろと言わんばかりの情報しか拾えず、でも少ないながら寛解まで持ち込んだ、という猫オーナーのブログとかもあったりして必死に読みました。

物凄く、迷いました。

T型は、抗がん剤の効きが悪く、使用出来る薬剤も限られていて、寛解まで持ち込めるのは1%を切るそうです。

でもその代わり、癌の進行が遅く、むやみにつつかない方が長生き出来る場合もあるとか書いてあったりもして。

そして、結果、まだ金ちゃんが年齢的にも身体的にも元気だった事のメリット、抗がん剤がトリガーになって進行を進めるかもしれない、というデメリットを天秤にかけ、僅かな希望にかけて抗がん剤治療に私は踏み切りました。

治療開始当時は、体重は5.8位。これはまるがいなくなった後、メタボだとこの先疾患にかかるかも、と心配になってご飯を切り替え、量を少しずつ減らしてこの辺りでキープさせていたのもありました。結婚後、最高7キロ近くありましたので…(笑)。

この時点で1ヶ月半毎週日曜に息子と共に、動物病院へ毎朝車をかっ飛ばして、連れてってたわけですが、抗がん剤治療は最初の折り返し地点までは毎週通院で、との事。主人が休みの時は子供を見てもらえたりしたのですが、ほぼほぼ一緒に息子(当時3歳)もついてきてました。

車中、金ちゃんはそれはもう…毎度大暴れです。

過去にペットケージを破損(そう。奴は壊したのです!プラスチックの蓋を破壊したのです!)した為、毛布用洗濯ネット(じゃないと入らなかった…)に入れて、バックパックに入れて、助手席に積んでたのですが、暴れすぎて何度となく助手席から落下…。しかも、旦那の休日出勤の頻度が増え、自家用車が使えたり使えなかったり(自宅のそばにカーシェアリングがあったので、それ借りてた事もありました)な事もあり、子供の手を引いて持てるキャリーバッグ…どうしよう…と思ってたら。

待合室で見つけてしまった(笑)。

ある日の病院。隣に座ったご夫婦がリュックサック式のキャリーバッグ持ってて。

こんなものが今はあるのか!!と感動して、即検索して購入しました(笑)。

お陰で、背中に金ちゃん(移動中も当然背中でめっちゃ暴れてる)、右手息子、左手バッグという出で立ちで通院することが出来ました。

さて、そんなこんなで抗がん剤投与がスタートしたのが、12月中頃。病理検査の跡もハゲも綺麗に治して、体調を整えてのチャレンジとなりました。

その時に先生に念を押されたのが。

どれだけ寿命を伸ばしてやれるか、という事がメインの治療になってきます。

この一言。

わかっていても、やっぱりショックでした。

運が良ければ寛解まで持っていけるかもしれない、でも、あまり期待もしてはいけない、と。そういう状態なのだと。

先生は、かなり言葉を選びながら、遠回しだけどもそうおっしゃいました。

そんな前置きの上の抗がん剤治療がスタートしました。

さて、ここで一区切りします。

お写真達。

以前、3年前のアップ時、とんちゃんの写真云々言うてるくせにアップしてなかった(推測ですが、メールで文章アップして、後からPCで写真やるつもりだったのかな、私…?)ので、去年の夏、実家で撮ってきた立派なぶた猫です。

で、3枚目は今のお家に引っ越して来たばっかの時の金ちゃん。

マンションから一戸建てになって、家具も一新したから自分の居場所が見つけられず、うろちょろしてた(まるはジャンプ出来るから腰窓の窓枠部分に飛び乗っていつもお昼寝を堪能してた(笑))ので、持ってきた猫ベッドをリビングテーブルの下に置いてやると、非常に気に入ってくれてずっとそこが定位置でした。

(我が家では猫の巣と呼んでました)

この写真は、初めてそこに置いた時のウキウキした顔を撮ったもの。6〜7歳位かな。当時照明を白熱色で購入してしまった(失敗した)為、携帯カメラの性能もあって撮る写真皆こんな色になってそれがちと残念なのですが。

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